医学生の解釈(ブログ)

学生が医学部に入って得た視点など。医者の世界をのぞいた非医療人のブログ。

敷かれたレールの上を走る人生はバカらしい?

今回は「敷かれたレールの上を走る」ということについて考えてみたいと思います。

敷かれたレールの上を走る

よく言われる「敷かれたレールの上を走る人生」と言われますが、一般的にはこれは、「親や先生・社会に『こうしろ』『こうあるべき』と敷かれたレール(定められたルール)に従って皆と同じように進んできた」ということでしょう。

自分で何かを決めたのではなく、周囲の期待に合わせて、「みんなと同じように」生きてきた、というのが、「敷かれたレールの上を走る」ということでしょう。

 

敷かれたレールを知るという事

「敷かれたレールの上を走るとかバカらしいだろ。自由にいこうぜ」って言う人がいます。

僕は敷かれたレールの上を走ることはバカらしいと思いません。むしろ素晴らしいことだと思います。「敷かれたレールの上を走るとかバカらしいだろ。」と言う人は「敷かれたレールの上を走ることさえできないだけの人」だと思います。

「敷かれたレールの上を走る」という事は、「先人たちの学びの軌跡を追う」ということです。「先人たちが行ってきたことを学ぶ」ということです。これは大切です。

「自分でレールを敷くんだ」という人は、意外と「自分でレールを引いている」つもりであっても、それは他人のレールの上にあったりします。(別の人が敷いたレールの上を走っています。)それでよいと僕は思うのです。

誰もやったことのないことを成し遂げるには

「今まで誰もやったことがないこと」を成し遂げるには、「今まで誰がなにを成し遂げてきて、何が成し遂げられてないか」を知らなきゃいけません。 やみくもにできることなんて、大体誰かやっています。だから「今まで何が起きていたか」を勉強すしなければいけないのです。

「今まで何が起きていたか」を学ぶことは、すなわち、敷かれたレールの上を走ることです。ここで、レールの敷き方、レールの上での走り方を勉強するのです。

レールの上を走り続けたらいつかレールは途切れます。ここではじめて「敷かれたレールの上を走ることはバカらしい」と言われるのです。 そこから今度は自分が新しいレールを作るのです。後で、自分の後輩たちが、このレールの上を走ります。

自分一人で伸ばせるレールは少ししかないかもしれませんが、後輩たちが、また自分の敷いたレールを少し伸ばしてくれるでしょう。こうしてレールは伸びていき、我々は進歩していくのです。

少し比ゆ的な表現ばかりになってしまいましたが以上です。またいつか書き直します!

 

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